家づくりにおいて「安全はすべてに優先する」と断言する稲垣隆さん。
中越地震以降住まいを建てる側が「変えなくてはならないもの」とは何なのか。
一級建築士の視線でお答えします。


編集部 「変えなくてはならないもの」って今回は何の話ですか?
稲 垣 私たち建築の造り手が変えなくてはならない事の話です。
中越地震と言う未曾有の大震災を経験し、私は私どものお手伝いさせていただいたお客様のお宅以外でも、公式非公式を含めて数百軒の被災されたお宅を拝見しました。
数百軒と申しましても、そのうち小屋裏や床下まで潜って調査したのは100件程度でしょうか。
あとは外観や内観の目視でしかありません。
その中でも周りがひどい被災をしているのになんでこんなに古い建物でもほとんど歪んでいないのだろう? と首を傾げたくなるお宅もありましたし逆に、比較的新しい建物なのになぜこれほどの被害にあわれたんだろうと思うお宅もありました。
編集部 地震の被災状況を見て、変えなくてはならないと思う事があるんですか?
稲 垣 先月末のJR西日本の事故報道を見ていて痛切に思いました。
あの事故で事故を起こした張本人の運転士はお亡くなりになられていますが報道ではJR西日本の事故後の対応と『安全軽視』に非難が集中しています。
私が申し上げたいのは『安全軽視』の方です。
編集部 鉄道事業と建築となにか接点でも?
稲 垣 『安全はすべてに優先する』と言うことは鉄道であろうが建築であろうが変わりません。
現場での事故に気をつける、車の運転に気をつける。
そんなことはあたりまえですよね? 
それはどんな会社でも同じだと思うんです。
私がここで申し上げたいのはどの職種でも共通に注意すべき安全対策ではなく人が住まう住宅の作り手の私たちが、お客様のためにできる安全対策の話です。
編集部 バリアフリーとか?
稲 垣 違います。私たちは人がそこで生活する器、「家」を造っています。
その第一の安全への担保って何だと思われます? 
私は地盤と構造計算だと思います。
編集部 でもその話ならこの紙面で何度もされていますよね?
稲 垣 確かに何度もお話しています。
家を建てられる方は必ず建築屋さんから構造計算してもらってくださいと。
前にも申し上げた通り、一般の木造の2階建て住宅程度の確認申請には構造計算の添付を義務付けられていません。
住宅の新築、増築の際は長岡市の場合であれば市役所に「確認申請」と言う申請をします。
ここで行政にその計画建築物が建築諸法に適合しているか「確認」してもらう申請です。
許可申請とは異なるものです。
ここで言う「義務」とは一般的な木造2階建て住宅レベルであればこの確認申請時に構造計算の添付義務がないと言う事であって構造計算をしなくていいとはどの法律にも書いてません。
添付義務がないことを逆手にとって、構造計算がされない住宅が多すぎる。
添付義務がないと言うこと=計算不要ではないのです。
行政の方々も私たち造り手側を信用して構造計算はされているものだと思っているはずです。けれど実際は違うのです。
だから、「新しい=強い」のではなく、「構造計算=強い」のです。
これから造るその家の強さを事前に検討する。
これは、私たち住宅の造り手がまず第一にやるべき『安全への担保』だと思いませんか?
編集部 あの地震以後も構造計算はされていないと?
稲 垣 地震など関係なく以前から構造計算をすべての建物にしていた建築屋さんももちろんあります。私どももその一部です。
そして一部の建築屋さんが始められたのは知っていますが、全体的にはされてませんね。絶対と言っていいほど。
編集部 素朴な疑問なのですが構造計算をされてない建築屋さんはたとえば基礎の寸法とか柱や梁の寸法をどのように決めているのですか?
稲 垣 恐らくは経験からくる勘です。
大工さんが居る建築屋さんであればその大工さんの経験則に照らして部材寸法を決めているはずです。
では大工さんが自社にいらっしゃらない建築屋さんはと言うと、恐らくは材木のプレカット工場の入力をする方がそこでも勘で部材寸法を決めていると思います。
編集部 本当ですか? その入力をする人は資格者ですか?
稲 垣 たぶん・・・・と言うと無責任ですが、違いますね。
けれど誤解しないでくださいね。
大工さんの経験則は非常に大事なことですよ。
私も信頼していますが、大工さんの経験則がすべて正しく、すべてが安全側に働いていたとすれば今回の地震でこんなに甚大な被害が出るのはおかしいでしょう?
新潟地震、局地的とは言え長岡地震を経験しているのですから。
私どもの計算までの流れはこうです。
間取りや外観が決まったらまず、私どもの棟梁が部材寸法を仮に決めます。それは材木は定尺と言う決まった長さがあるんですね。
好きな長さで材木屋さんから運ばれてくるわけではないので木をどう組めば材料の無駄 なく、ロスなく組めるのかを検討しつつ部材寸法を仮り決めします。
その上で構造計算を掛けます。
部材寸法を大きくしないでいい場合もあれば棟梁が考えた寸法ではNGが出ることもあります。経験則の上に数値と言う安全の見直しをしているわけです。
とにかく、今から家造りをされる方は何も言わずに居られると構造計算がされない事のほうが多いのは間違いないですから必ずお尋ね下さいね。 
編集部 それこそが稲垣さんのおっしゃる「変えなくてはならないこと」ですね?
稲 垣 そうです。
極論を言えば家だけでなく車庫や物置や作業所など人命と財産が入る建物には全て建築基準法で確認申請時の添付義務を発生させるべきだと考えています。
たとえ申請時の審査手数料が高くなっても。だいたい構造計算などそれほど目玉 が飛び出るほどの金額は掛からないのですから。
添付義務化してしまえばやらざるを得ないでしょう。
編集部 提出義務がないからといって構造計算をしないのはお客様に対して無責任だと言うことで結論付けていいですね? たしかにJRの事故と相通 ずることはありそうですね。
稲 垣 でも古い家でも歪んでない家はまったく歪んでないですよ。
ご近所がかなりひどい状況でも。
その原因を私なりに推測して実践し始めました。
一般の方はなかなか聞いたことは無いと思うのですが「中曳き梁」が歪まなかった要因ではないかと思っています。
編集部 なかびき梁?
稲 垣 建物の端から端まで一本の梁で繋ぐんですね。私が拝見した家は端から端まで5間(けん)〜6間(9m〜11m)くらいが多かった。
当然その長さの梁で角材はありえませんから丸太梁ですね。
昔は松の丸太が主流でした。建物の端から端までを継ぎ目なしの一本の梁で繋いでいたために歪みが少なかったのではないかと思われます。
角材では何箇所かで繋がらなければなりません。こう言う事は構造計算では判りません。大工さんの経験則ですよね。
現在、松の丸太はほとんどないので杉の丸太で中曳き梁を掛けています。
昔の豪農の館や民家に行くと曲がった丸太の梁が何本もあるじゃないですか。
あれですね。昔ながらの大工さんの知恵や経験の上に構造計算と言う作業を被せてこそ安全への担保だと思います。