職業:表現者

3月11日……。我々にとって忘れられない日。
住まいに対する考え方も再認識しなければならない日になりました。
イラスト
稲 垣
今回は住まい講座にはならないかもしれませんし、繰り返しになる部分も多数ありますが……話をさせてください。2011年3月11日。今を生きる日本人には絶対に忘れられない日。あの日、皆さんはどこで、何をして居られたのでしょう?
 僕は北陸自動車道下り線の黒崎パーキングエリアでその時を迎えました。あまりにも長く続く揺れに東海地震を直感した僕でしたが(不謹慎な言い方ですが)、車のテレビで見たものは、ある意味東海地震より衝撃が走りました。息子が郡山に居るものですから。取るものも取りあえず、連絡の付かないままの息子の住む郡山へと車を走らせ、途中からは大渋滞の一般道、磐越自動車道津川インターから6時間。会津若松市内では見たことのない様な数の消防車や救急車、パトカーが行き交い、ありとあらゆるサイレンがけたたましく鳴り響く中、その時点では息子の無事を知っていたはずなのに、FM福島から流れる被害の状況と、何故なのか体の奥からこみ上げてくる感情を抑えきれずに、ただただ涙が溢れて泣いていました。
 今でもあの日の光景と不思議な感情は鮮明です。ずっと忘れないと思います。4月の下旬、資格学校の講師仲間、かつての担当受講生、そしてお付き合いのある業者さんを誘い宮城県多賀城市にボランティアに伺いました。派遣されたお宅は海からはかなり離れていました。けれど、ほとんどのお宅が1階は完全に水没。津波によって近くの川が溢れたそうです。30cmを超えるであろう淡水魚の鯉と50cmくらいの海水魚のヒラメが同じお宅の床下で死んでいました。猫も溺死していました。津波によって、町内では5人のお年寄りが亡くなっているそうです。
 僕たちが見たのは被害のほんの小さな断片でしかありません。印象に残っているのはボランティア当日の妙に優しい陽の光でした。特に被害が大きかった被災地に、かつて資格学校で担当させて頂いた方が二人いらっしゃいます。その内の一人はお子さんの友達が未だに行方不明。それが彼を突き動かすのか、今でも暇さえあればボランティア活動をしていて、メールで報告もくれます。その彼がくれたメールの印象的な一文です。
 『大切な誰かを失った方でさえ、自分が"生かされた"意味を考え始めている。僕にはそう思えます。幸いにして家族も家も失っていない僕が、たまたま縁も所縁もないこの土地で3.11を迎えてしまった事にも何か意味があるような気がしています。稲垣先生、いつか先生が話してくれた中越地震のご自身の体験のように、建築を学んで、建築で生活して、その知識で人を安心させてあげられることに、助けることが出来ることに誇りを感じています』。

住まいに対する考え方の根源。

編集部
やはり今年の〆はその話しですよね。毎日のように報道されていた被災地の事。最近はニュースでも取り上げられない日が多くなってきた気がします。稲垣さんの言葉をお借りするなら、2000年に一度の地震だなんて関係なく、今を生きる同じ日本人として被災地に寄り添うには、まず忘れないって事なんだとつくづく思います。
稲 垣

2000年に一度の大地震、原発の事、電力不足。僕たち住宅屋を取り巻く環境や考え方も否が応でも変わらざるを得ません。一例ですが、太陽光発電が全国的に急速に普及しています。当地長岡では"今のところ"採用するにはかなりハードルは高いです。それは決してイニシャルコスト、つまり工事費を電力会社に売電する料金と比較しても元が取れないと言う意味では有りません。太陽光パネルの上には雪を溜めておけません。自然に落ちます。もし溜めておいたら恐らくパネルは割れます。自然落雪型で、雪が落ちてもお隣に迷惑にならずに済む敷地であればお勧めです。イニシャルコストを回収するのは難しいかもしれませんが。これから徐々に住宅用の蓄電システムも普及すると思っています。が、今はまだとても高価なシステムなのでもう少し小型化とコストが下がれば爆発的に普及するかもしれません。
 そういった具合に、あの地震とそれに関係する事で住宅は少しずつ変わります。僕が強く再認識したのは住まいとはバランスなのだと言う事。地震なんかで大切な誰かの命だったり、財産を失っていいわけがない。だから耐震性が一番大切。もう、これは何度もお伝えしました。"裏付けのある耐震性"を住宅は持つべきです。僕の、僕等の住まいに対する考え方の根源は変わることはありません。その上で、コストや断熱性、デザインなどは等しく二番目に大切な事なのだと強く思います。
 結局のところ、僕の仕事はお客様からお預かりした想いと、ご用意頂いた資金の中で、お客様ご家族の暮らし方やご家族お一人お一人の表現をする事だと思います。表現する上で、想いの大小、資金の大小はまったく関係ないと思っています。
 僕の職業は『表現者』。常にお客様の住まいに対する想いに寄り添い、表現していきたいと思います。

 さて、大変な年になってしまった2011年がまもなく終わります。僕等は勝手に年の終わりで区切りを付けようとしますが、被災され、家を、財産を、そして大切な誰かを亡くされた方々にとっては2011年が終わると言うことに大きな意味は無いのかもしれません。それでも人はまた立ち上がれると信じています。
 本年もお付き合いいただき、ありがとう御座いました。良いお年をお迎えください。