フィクション:家造り物語2

いつものように、住まいについて鋭い切り口で……と思いきや、 今回のテーマは“熊”。しばし熊と山の雑談にお付き合いください。
イラスト
稲 垣
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
編集部
おめでとうございます。さて……新年1回目ですから、“ゆる〜く”雑談でも良いとは思いますが……熊……ですか? 確かに昨年の秋はいろんなところで、しかもビックリするくらい身近に熊が出没しましたが……熊ですかぁ(笑)。
稲 垣
はい。熊です。うさぎ年にちなんで熊の話です(笑)。本州に生息するツキノワグマの主食をご存知ですか? イメージ的に鮭とかの川魚を常に食べている感じですが、熊の通常の主食は野草、昆虫、果実、どんぐり、ブナやクリの木の実……つまりなんでも食べます。雑食性で、かつ植物嗜好が強い動物ですのでその時期に周りにたくさんあるものが主食らしいです。
 不幸にも熊に遭遇し襲われたというニュースも耳にしますが、ツキノワグマが食料として人間を襲うことはほとんどないそうです。熊も人間が怖い。怖いからこそ先手を打って襲い掛かるということらしいです。しかし秋の主食であり続けたドングリが実らない。食べるものがないんです。だから彼らは本当は恐れているはずの人間の近くまで食料を確保しに来なければならない。彼らも生きなければならないですから。
編集部
まず言っておかなければならないのは、最初のオヤジギャグはつまらないです(笑)。山にどんぐりがないというのは何かのニュースで聞いた覚えがあります。稲垣さんがここで取り上げるということは、山に何かが起きているということでしょうか?
稲 垣
その通りです。僕は自然保護団体にも属していないし、編集さんが思うほどナチュラリストではないのですが、熊が人里に下りてこなければならない理由はちゃんと存在して、問題意識も持っているつもりでいます。山で何かが起きている。いわゆる地球温暖化がどの程度関係しているのかは僕なんかにはわかりません。けれど一つだけはっきりわかっていることがあります。どんぐりを実らせるブナ科の木が確実に、しかも驚くべきスピードでこの国から減っています。
 言葉は聞いたことがあるかもしれませんが『ナラ枯れ』という現象です。被害はコナラ、アラカシ、シイの木、クリ、そしてカブトムシの大好きなクヌギなどの、ブナ科の中でもナラ・カシ類の樹木です。ナラ枯れの被害は既に日本中で報告され、島全体が世界遺産登録の鹿児島県の屋久島、身近なところでは何年か前に新潟県阿賀町周辺でも10万本の被害樹木が確認されています。実際、シイタケ栽培が盛んな地域ではこのナラ枯れという現象は生活さえ脅かしはじめています。シイタケ栽培で使う木はコナラかクヌギが多く、その大切な樹木が急速に減っているわけですから。
編集部
ナラやクリと言えば、住宅にも使われる木ですよね? 一体何が原因でナラ枯れが起きているんですか?
稲 垣
はい。ナラやクリは貴重な国産広葉樹として細々ですが建築材料に使われています。ナラ枯れの原因は虫です。キクイムシ、もっと詳しく言えばカシノナガキクイムシという種類のキクイムシが大量発生して樹木を死滅させています。体長は5mm足らずのキクイムシが、樹木の根元付近から数百匹から数万匹という単位で樹木内に進入します。その時にキクイムシ自身や幼虫の餌となる「ナラ菌」という、樹木にとっては強毒性の菌を持ち込んでしまうことによって樹木は水分を吸い上げられなくなって枯れてしまいます。これがナラ枯れです。

ナラ枯れ被害がなぜ拡大しているのか?

稲 垣
もちろんナラ枯れという現象は昔からあったのですが、ここ数年間突如として被害が拡大した原因ははっきりとはわかっていないそうです。地球温暖化も関係しているのかもしれない、また、ある種のナラ菌が外来種として国内に入り込み、免疫のない状態で被害が拡大しているのではないか等、様々な見解があるのですが、一番の原因は木を切らなくなったことだと考えられています。ナラ類は昔で言えば木炭や薪の材料として頻繁に伐採されていました。しかしそれらの需要がなくなったことで、伐採されずキクイムシが好む大径木(大きな木)にまで育ってしまった樹木が多くなり、天国のような住み心地を与えられたキクイムシが昔では考えられないほど大発生しているのではないかということです。
 想像してみてください。僕も実際に見たことがありますが、紅葉の時期でもないのに鉄錆色に変色した樹木が点々と……と呼ぶには生ぬるいくらい帯状に枯れてしまっている山を。もちろん僕は昔のように薪や木炭生活に戻ればいいと言いたいわけではありません。対策も様々打たれているようですが、劇的に被害を食い止める方法は今のところないようです。また、キクイムシ被害を受けた樹木がすべて死滅するわけでもないことから、天然林については人間が下手に手を加えることなく、キクイムシ等の害虫被害を含んで、結果的に生存競争に残った樹木で自然は再生する、という考え方もあるようです。ですから専門的な知識があるわけでもない僕がこの紙面で、こうあるべきだ!とか、被害を食い止めるために立ち上がろう!などと言うつもりは更々ありません。ただ、貴重な国産広葉樹が瀕死の状態で、熊が人里に下りてきてしまう一因にもなっているということを知っていただきたいのです。
編集部
難しい問題ですね。山と一言で言っても、広大さに加えて国有、県有あるいは個人の物である山もあるわけで、そういった権利の問題まで含めるとヘリコプターで一斉駆除というわけにも行かないでしょうし、薬剤による周りの環境に及ぼす影響もあるでしょうしね。
稲 垣
そうなんですよね。薬によって害虫を駆逐してしまえという考え方は、もう日本人の中にはないと思うんです。ナラ枯れと同じような話で、松喰い虫による虫害で長岡市内の山からは赤松が徐々に消えつつあります。ほとんどなくなったと言ってもいい。僕がお世話になっている福島のかなり山奥の材木屋さんの話では“今のところ”その地域に松喰い虫は居ない様子です。それは冬の寒さが松喰い虫の越冬できない温度だから。
 けれど材木屋さんはおっしゃっていました。それも『時間の問題』だと。確実にその影は忍び寄ってきていると感じておられるようでした。植林として桧や杉ばかりが植えられてきましたが、桧や杉にはこれといった害虫が居なかったことも先人は知った上で植林されてきたのでしょうね。
編集部
住まい講座の内容としては少し離れてしまったようですが、山〜木〜住まいというつながりってことですね。
稲 垣
だから今回は雑談だと言ったじゃないですか。決して新年早々、小難しい話をしたくなかったわけではありません(笑)。今年もよろしくお願いします。