フレキシビリティ

今回のテーマは「フレキシビリティ」。家族の変化やライフスタイルの変化に フレキシブルに対応できる家について考えてみました。
イラスト
稲 垣
サッカーワールドカップ、惜しくもベスト16止まりでしたが、僕が感じたのは、久しぶりに日本人のナショナリズムと申しますか、ある意味の愛国心、日の丸を背負った選手達を日本中が応援し、熱狂した事自体が痛快で心躍る出来事でした。野球のWBCより参加国が多岐に渡るのでワールドカップの方が熱狂できますね。監督に対する手のひら返しの評価も国民性なのでしょうか(笑)。
編集部
確かに。もちろんPK戦での敗戦という結果は残念なことですが、それまでの戦いぶりも負けた後のピッチ上の光景も何かこう、日本人魂を見せてもらった気がして、ベスト8に進めなかったということよりも、もやもやした閉塞感を綺麗に晴らしてもらった感じでした。自宅でスタンディングオベーションしました(笑)。
稲 垣
ワールドカップの話題繋がりで今日の話題に繋げたかったのですが……どうやら無理のようです(笑)。最近、特に重きを置いて考えているのが住まいのフレキシビリティ。フレキシブルとは柔軟性や融通の効きやすさという意味を持ちます。それは日本の古き良き時代と言いますか、日本人に勢いのあった時代の住まい方に通じていると思っています。
編集部
無茶苦茶な繋ぎですねぇ(大笑)。具体的にはどう言うことですか? フレキシブルと言う言葉は知っていますが、あまり住まい造りとは結びつきそうにないですけど?
稲 垣
現代の住まいは良い意味でも悪い意味でも○LDKと表現されます。良い意味で言えば、LDK、つまり居間、食堂、台所を一くくりとした空間の他に、あといくつ部屋があるかで一応の広さの単位と家族構成をイメージできるようにされている慣例です。子供さんがお二人の4人家族ですと2LDKでは子供さんの個室が確保できないので3LDK以上は欲しいということになります。そういった気軽さとかイメージのしやすさから言えば、○LDKというのは理にかなった表現ですよね。
 昔の家の方が優れているとは言いませんが、昔の家で○LDKと言う概念はなかったと思います。もちろん、座敷、茶の間、寝間、客間等々の“一応の”部屋の呼び名は付けられていましたが、厳格に壁で区画してあるわけではなく、襖や障子で緩やかに繋がります。ですから○LDKという呼び方で乱暴に表現は可能ですが、部屋の数だけで言えば6LDKだけれど、時には3LDKに、必要に迫られれば1LDKにも形を変えることが可能だったのが昔の住まい……昔と言っても、僕の親父の実家は今でもその形体ですし、それが今の歳になってからお邪魔すると妙に心地よく、日本の住まいってこうだよなぁと思ってしまいます。幼い頃は薄暗い仏間と呼ばれていた仏壇の部屋が怖くて怖くて仕方なかったですけどね(笑)。
編集部
その話は僕も共感します。僕の実家も田舎の大きな家でした。玄関開けるとデーンと和室の茶の間があり、そこから田の字型で部屋が繋がって行くんです。部屋を通ってしか行けない部屋、つまり廊下と接続されていない部屋まであったり……。言われる通り日本の住まいの原風景というか、古き良き時代って感じはしますが、ああいう家を現代に当てはめるのは無謀なことかと思いますが。

現代の暮らしに合った可変性

稲 垣
もちろんそうです。田の字型に部屋が並んで建具の開閉あるいは建具を外してしまうことでフレキシブル性を保とうとは思っていません。けれど昔の家が持つ“可変性”は是非とも参考にしたい。必ずしもすべてのお宅で可変性が重要だとは言いませんが、現代の暮らし方のスタイルに合った可変性というのは必ず存在していると思うのです。1階には廊下をまったく造らない広がりの間取りというのは随分前からこの紙面でもお話してきました。住まい全体を光と風と気配が抜ける間取り。物理的な間仕切りも気持ちの、あるいは意識の間仕切も極力造らない。それが広がりの間取りです。実はこれも可変性の一種なのではないかと思っています。大は小を兼ねると言いますが、大きな空間は時として小さな空間にもなり得る。子どもさんが小さいうちは一部屋で大きく使い、物心付いたら間仕切るという手法は常日頃行っていますが、間仕切った後で再び大きな部屋にするという方は案外少ない。必要性がないわけではないと思うのですが、面倒臭いというのがその理由なのではないでしょうか。そこでごく簡単に間仕切したりその間仕切を外したりできないかと考えました。極端に言えば間仕切りだけでなく間取り自体を比較的簡単に安価に変更できる手法はないか考えていました。もちろん、カーテンやロールスクリーンを下げるわけではないですよ(笑)。
編集部
そんなこと実際無理でしょ? 間仕切するなら柱を立てる、間取りの変更なら逆に邪魔になる柱も出たりするんじゃないですか?
稲 垣
その通りです。けれどそれを何とかしたい。そうすれば家族の変化やライフスタイルの変化にフレキシブルに対応できる。変化に対応できるということは、イコール長く住み続けられるということになります。長く住まうということはスクラップアンドビルドの対極にあり、地球にも負荷を掛けない住まいとなり得るわけです。
 最近、大規模リフォームの考え方で『減築』という言葉があります。増築の正反対の言葉。つまり建物を削って小さく減らしてしまうことが減築です。減築という考え方が発生したこと自体、日本人の家族構成とか生活スタイルが変わってしまったことを現しているのだと思うんですね。子どもさんが独立し所帯を持ったとしても、一緒に住まう可能性がなく、大きな家をご夫婦二人では持て余してしまう。だから減築。なんだか少し淋しい話ですがそれが現実。だからこそこれから住まい造りをお考えになる方は大きすぎない住まいを目指すべきだと思うのです。そしてできるだけフレキシブルに住まいを造り、またフレキシブルに住まう。
 フレキシブルといえば収納もフレキシブルに造るべきだと思っています。棚板を固定しない。自由自在に高さを変えられるフレキシブルさを持たせていれば収納物の変化にも対応できるわけです。家具もそう。何でもかんでも造り付け固定家具にしないで、場所がほぼ動かないであろうテレビを置くAVカウンターや拘りのもの以外は移動できたほうがいい。ああ、もちろん大工さんに造ってもらってもいいのですが、可動の方が長い目で見たら有利だと思います。それと住まいと同じで家具も長く使えるものをお勧めします。結局はその方が安くなりますから。住まいは時とともに変化する家族や、そのライフスタイルに合わせて変化すべきだと強く思うのです。
編集部
この人がこういう言い方をするときは、自分の中である程度の答えがあるときです。本当は言いたくてうずうずしているはずです(笑)。