住まいのしきたり

“しきたり”というと、なんだか迷信めいた古風な感じがしますが、 住まい方にも関連する、とても大切なお話をお聞きしました。
イラスト
稲 垣
今回は「住まいを建具から考える」……の予定だったのですが、先日あるお宅にお邪魔して話をさせていただいていた時のふとした話題で出た、「住まいにおけるしきたり」について話してみたいと思ったので、建具の話は再び延期です。しきたりは漢字で書くと「仕来り」と書きます。
編集部
「しきたり」ですか? 古風ですね(笑)。家相と一緒で、なにか言い伝えとか迷信めいたものがあるんじゃないですか?
稲 垣
家相を迷信と切って捨てるのはいかがなものかと……。お話したいのは「しきたり」ですから、これはマナーや礼儀にも通じる話なんです。と言っても、僕自身もつい最近まで知らなかった話もあるんですけどね。例えば昔から使われている言葉、もちろん現代でも使われる言葉で、家のある部分の固有名詞を使った慣用句が複数存在します。
その部分とは『敷居』。「あのお宅は敷居が高い」「二度と敷居を跨がせない」などですね。
編集部
言葉としては知っていて、その意味もだいたい想像はできますがその語源が住まいのしきたりに繋がるのですか?
稲 垣
無関係ではないでしょうね。一説によると、これらの慣用句の中で使われる敷居というのは昔の身分の高い、門構えのあったお屋敷の門の敷居を指すのだという説もありますが、本当のところはどうなんでしょうね。門なんてなくても昔の玄関は100%木製の引戸だったはずですので、そこに必ず敷居があったはずです。
 言い伝えられているしきたりの一つに「敷居を踏むな」というのがあります。なぜ敷居を踏んだらいけないのでしょうか?「敷居が高い」とか「敷居を跨ぐ」などに象徴されているように、言葉として敷居は、その家その物の入口を指して使われていることが多いのです。入口はその家の顔。よそのお宅の顔を踏みつけるような真似をしてはいけないというのが、敷居を踏んではいけないという日本のしきたりに繋がったのだそうです。また、畳の縁も同様に踏んではいけないとされています。
 今でもたまに農家の方の大きなお屋敷の畳縁には家紋を刺繍したりするのですが、家紋=その家代々の紋章な訳ですから踏んでしまったら大変失礼に当たるわけですね。で、ここからは畳屋さんに聞いた話で僕もそれまでは知らなかったのですが、畳の縁にはその家の主人と来客を区別する境界線を現す役目もあり、その境界を乱してはならないという意味合いもあるのだそうです。そう考えると、敷居は部屋と部屋との境界線や外と内との境界線を現すと考えるなら、畳の縁よりも境界としても意識付けは強まりますね。
座布団の座り方の“しきたり”とは?
稲 垣
同じように踏みつけてはいけないとされているものでは座布団があります。よそ様のお宅の座布団はもちろん、自宅の座布団も踏みつけてはいけない。
なぜなら、大昔は身分の高い人間しか座布団に座れませんでした。身分の高い人間を敬うという考え方からおもてなしに使用する座布団を踏みつけることは非常に失礼なことだとされています。
編集部
なんか意外です〜(笑)。言い伝えとか、古い慣習とかは稲垣さんと最も遠いことだと思ってました(笑)。
稲 垣
失礼だねぇ。僕はこう見えても礼節を重んじるし、場面場面で必要になるしきたりとかマナーはすごく大事にしますよ。それをわかっているだけで背筋が伸びるというか、少なくとも自分の立ち居振る舞いに自信が持てるじゃないですか。
 例えばね、さっきの話の座布団の話。座布団って当然ながら四角形ですよね。四辺ある内、一辺にファスナーが付いていて、二辺は縫い目があります。で、残り一辺が何も無い辺。どう座るのが、あるいはどう座らせるのが日本のしきたりだと思われますか? ああ、その前にこの話知ってました?
編集部
いえ、座布団に座り方があるなんて始めて知りました。それは知らないと恥ずかしいことですか? あるいは来客に失礼になるとか?
稲 垣
来客がこのことをご存知なら失礼に当たるでしょうね。答えはファスナーも縫い目も無い辺をテーブルに向ける。つまりは編集さんとお客さんがテーブルを挟んで正対するなら、お互いの座布団の何も無い辺も正対するように座る、あるいは最初から座布団をそうセッティングしておくのがマナーです。同様に、お仏壇にも縫い目やファスナーの辺を向けないようにするのが正式な座布団の置き方です。これは、ようこそいらっしゃいました、また逢いたいと言う気持ちの表し方なのだそうです。
 と、大昔から知っていたようにウンチクを語りましたが、この話、実は一昨年の母の葬儀の際にご住職から伺いました(笑)。いや、でも実際に焼香の礼儀だとかお参りの作法だとかを教えていただいて、それ以後はしきたりやマナーを身に付けていると思い込んでいますから、立ち居振る舞いも変わってきていると思います。ああ、ちなみに編集さんがどこかのお宅にお邪魔したときに座布団の向きを正式な形に変えるのは失礼なことではないらしいですよ。
編集部
タイトルは「住まいのしきたり」ですが、住まいから離れてますね。
稲 垣
そうでしょうか? 住まいというと家、住宅といった建物その物を連想してしまいがちですが、いくら立派な住まいを建ててもそこに人が住まわないならただの箱です。住まいは人間が主役だと思っています。以前も同じことを言いましたが、忘れてしまっていただきたくないのは、住まいを建てることが目的になってしまっては駄目なんです。
 その住まいでどんな暮らしをしていくか、言い方を変えれば家族の理想の暮らし方をするためにはどんな住まいが必要なのかを探して、そんな住まいを造るんです。ま、そんなことを偉そうに言っている僕もしきたりなんてあんまり知りません。けれどこの歳になって日本人のしきたりとかを知るたびに、僕らがお手伝いする住まいには、僕がよく使う言葉「空気感」に、凛とした筋の通った空気を宿したいと思うようになりました。
編集部
良くわかりました。けれど歳を取りましたねえ……(笑)。
稲 垣
お互い様。それに歳を取ったのは編集さんで、僕のは歳を重ねたと言ってもらいたい!(笑)