木の底力

今回のテーマは“木の底力”。様々なリラックス効果を秘めた木と 人間の鼻・目・耳の関係について教えてもらいました。
イラスト
稲 垣
編集さんは鼻は良いほうですか?
編集部
は? 鼻ですか?
稲 垣
はい。鼻です。実は僕は匂いにはかなり鈍感で、4年前に建てた私どもの事務所に来ていただくお客様に「木のいい香りがしますね」って言われて、ありがとうございます!って言いますけど、香りなんかするかなぁって思ってます。あんまり鼻が効くほうではないんですよね。
編集部
稲垣さんの事務所は今でも木の匂いがしますよ。でも木の匂いって何なんですか?
稲 垣
そこから今回の話を進めたいと思っています。木の香りはリラックス効果があると言われています。木の香りによって睡眠時のα波が増加することが確認されたそうですし、脈拍も安定し、非常に落ち着ける状態になるということです。  では、その木の香りとはいったい何なんだろうって思いません? 当然その木の種類によって香りは違うんですが、その違いは木の中に含まれている精油(芳香油とも言います)成分の違い。この精油成分をフィトンチットと呼びます。名前はご存知の方も多いと思います。フィトンチットと言うと森林浴で浴びる無形の木の効用って考えてる方も多いのですが、実は樹種により異なる香りの元の油のことなんですね。フィトンチットは木の色にも影響しているそうです。フィトンチットの量で香りや色が決まっていく。木の個性を決めている元なんです。
編集部
でも無垢の木を使っているお宅でも、まったく匂いがしないお宅もありますよ?
稲 垣
フィトンチットはヒノキや杉のような針葉樹に多く含まれ、ナラやオーク、カバ桜等の広葉樹にはほとんど含まれていません。ヒノキも杉もリラックス効果や抗菌作用があり、さらにヒノキにはダニの繁殖を抑える効果もあります。ちなみに日本酒の酒樽の多くは杉なんです。杉の防腐作用を利用しているのだそうです。これがすべて木のフィトンチットの効用です。  けれど例えば床を針葉樹にするか広葉樹にするかで大きな違いがあります。針葉樹はフィトンチットは多く含まれ様々な効用もありますが柔らかい。広葉樹はフィトンチットがほとんどない代わりに硬く堅牢な床になります。どちらを選択されるかはよくお考えになった方がいいです。蛇足ですが、ある木のフィトンチットに肥満抑制効果があるという研究発表がありました。木ってすごいですよね。
編集部
肥満抑制ですか……ちなみにその木を家中に張ったらメタボな僕もスリムになれますか?(笑)
稲 垣
さぁ、どうでしょう?(笑)。では鼻の次は目。木の家はあたたかそうに見えます。これは、もともと木の色は暖色が基本で、短い波長の紫外線を反射しないから目に優しい。だから木の家は優しそうで暖かく見えるんです。例えば白一色の部屋の中で過ごすと緊張感、疲労感、イライラ感が上昇して血圧、脈拍ともに上昇することが実験で検証されています。では木だけで、あるいはその面積のほとんどを木にした部屋はどうなると思われますか?
編集部
目に優しくて、暖かくて、リラックス効果があれば良いことずくめじゃないですか?……そう言えば、前に稲垣さん木ばっかりじゃ落ち着かない部屋になるって言ってましたよね? それはどういったことなんですか?
稲 垣
森林総合研究所ってところで実験したデータがあるんですが、内装に使う木材の使用率を30%、45%、90%とした部屋を用意して視覚的快適性を調べた結果、一応はすべての部屋で快適であると判断されました。30%(床のみ木材)、45%(床、腰壁程度が木材)は脈拍も有意に低下し、非常にリラックスできている状態になります。特に45%の部屋では副交感神経が働き、とても快適な状態を保てるそうです。  では、90%ではどうなったかといいますと、快適であると評価されたものの、その部屋に入って間もなく(平均2分弱)、脳活動が急激に低下します。これはその部屋に「飽きた」ことを意味しています。もちろんこのデータは数人のサンプリングによって得られたデータのはずですから、個人差は当然あるものの、面白い数字ですよね。
編集部
だから稲垣さんはよく「木をデザインする」って言うんですね? 何でもかんでも木を使えばいいってもんじゃないってことですね。
稲 垣
そうですね。どこに木を使うか、その面積も重要だけれど、先ほど言った硬い広葉樹の床がそのお宅に合うのか、柔らかくリラックスできる針葉樹がいいのか。あるいは節がないほうが良いのか、逆に節を出してカジュアルな雰囲気にするのか。木は一枚として同じ物はないけれど、その個性をどう足すのか引くのかは、そのお宅によって変わるので楽しい作業です。
編集部
じゃあ次は、耳の話ですね?
稲 垣
劇場やコンサートホールに木を使うことが多い理由。木は高音、中音、低音とすべての音を程よく吸収する性質があります。それは木が目には見えない小さな孔が無数に開いていて、その多孔質なことが不快な残響を吸収するからだと言われています。僕も先日初めて知ったのですが、人間の耳に聞こえる範囲より高い音を超高周波音と言うのだそうです。聞こえている認識はないけれど、耳にはちゃんと届いていて、この超高周波音を完全にシャットアウトすると人間は生理的に不快な感じを持ち、超高周波音を耳にすればα波が発生し、精神的にリラックスできるそうです。その超高周波音は、木々のざわめきや鳥の声、川や清流の水面のせせらぎ、自然界の音の中にも多く含まれていて、コンクリートやプラスチックはその音を遮断してしまうけれど、木は超高周波音を適度に通すため耳からもリラックスできると言うことです。実はまだまだ木の底力と思えるものはたくさんありますが、紙面の関係で次回以降にさせていただきます。
編集部
今までの話とまったく関係ないんですが、中国の四川大地震で日本にも様々な形で影響が現れてくると思っていますが、住宅業界においてはどうですか? 今のところ大丈夫ですか?
稲 垣
そうですね。すぐかどうかはわかりませんが、影響は出てくると思います。北京オリンピックを軽々と超える国内需要が発生したわけですから、世界中の建築資材が中国に集まるんじゃないかと思っています。そうしたら当然、材料不足と価格高騰が心配されます。特に広葉樹の床、ナラやかば桜の床材はすでに買占めが始まっているとの噂も耳にしました。まあ、あくまで噂ですけど。ただ、ハリケーンに襲われたミャンマーとその周辺からの材料はほぼストップしているようです。カリンやミャンマーチークといった広葉樹の高級床材ですね。たった一つのハリケーン、たった一回の地震で世界中の流通が混乱している。人間が作ったシステムなんか儚いもんですよね。