この敷地をあきらめない

制約の多い変形の敷地。そこに建物を建てるのが大変…… というより、むしろ楽しいと考える。それが建築家の性なのでしょうか?
イラスト
編集部
今回のタイトルの意味がわかりません。なんですか? 「敷地をあきらめない」って?
稲 垣
現在、私どもでお手伝いさせていただいているお宅で、僕はこの業界に入って初めての経験をしたんです。いわゆる旗状敷地。まあ旗状敷地なんて世の中に山ほどあって特に珍しいものではないんですが、このお宅の敷地は旗状の上、電柱、電線の関係で、建前の時にレッカー車を使えなかったんですね。
編集部
建前にレッカー車が使えないってことは、どうやって建てたんですか?
稲 垣
もちろん人力ですよ。僕も初めての経験なんですが、レッカー車が登場する以前はすべて人力で建てていたわけですよ(いつ頃レッカー車が登場したのかは定かではありませんが)。昔のことですから抱きついても手が廻らないほど太い丸太梁が何本も掛かっていたにもかかわらず、すべて人力で6メートル以上の高さを上げていたわけです。 ですので昔の建前は大工さんだけでは手が足りないので、親戚の男衆やご近所のお父さん、もちろん施主であるお宅のお父さん、おじいちゃんもその家の上棟を迎えるためにみんなで材料を引っ張り上げたんですね。驚愕ですよね。 四十肩が始まっている僕なんかじゃ何の役にも立たなかったんでしょうねぇ(笑)。
編集部
話には聞いたことがあります。だからこそ昔の建前のお祝いは手伝ってもらった方々の労をねぎらうために盛大だったと。物凄い労力だったんでしょうね。 稲垣さんが役に立たないなら、僕なんかお茶出し位しかできませんよ(笑)。
稲 垣
話を元に戻します。そのお宅の敷地条件は決して良くないです。けれど長年お住まいされ、慣れ親しんだその土地を離れると言う選択肢はなかったようです。恐らくその敷地はハウスメーカーや有名ビルダーでは手に負えない。だからこそ僕らのような、大工職人を抱える建築屋がお手伝いさせていただけたんだと思ってます。ありがたいことに、ご縁があってお手伝いさせていただいたこの敷地のお客様と私ども。それと同様にお客様とその土地も深い縁で結ばれていると感じています。

制約はその土地の個性

編集部
決して恵まれた環境にない土地にお住まいの方ってたくさんいらっしゃるんでしょうね。僕の知り合いにも今まで住んでいた土地をお隣に売って新しい団地の整形な土地に新築した方がいます。本当はご近所との繋がりとか考えると、後ろ髪引かれる思いだったはずですよね。今までの経験で他に大変だった土地ってありますか?
稲 垣
大変かぁ……。僕はむしろ楽しいんですけどね。やっぱり大変なのは基礎屋さんから始まり、足場屋さん、大工さん等々、形が出来上がるまでの現場の職人さんですよ。ですから、僕にとっては家を建てるに当たって大変だった土地と言うのは正直ありません。本当に楽しかった。もうずいぶん前になりますが、僕の経験した中では一番の細長い敷地。いわゆるウナギの寝床って感じの土地なんですが、道路に接している間口が5.5m、敷地奥行きが23m。間口が狭いだけなら何てことないですし、奥行きも23m程度なら良くあります。このお宅の敷地は23m奥で約90度に折れ曲がるんです。簡単に言えばL型の敷地。Lの字の縦の棒が間口5.5m、奥行き23mあるって考えてください。問題はそのお宅のご家族構成を考えると、それなりの大きな家が必要になる。ですので、L型に折れ曲がった部分(横棒)も使わないと大きさが確保できない。そうするとレッカー車がどんなに大きいのを使っても届かない。そこで僕が職人と意見交換をした結果、奥の半分だけ基礎を作り建前、奥の半分に材料等を搬入した後に手前半分の基礎と建前をやったことがありました。工事は大変だったけれど、楽しかったことは良く覚えていますよ。あとは、一辺20mの正三角形の敷地とか。間口が2間までしか建てられない敷地とか。新しい団地の整形な区画からみれば物凄く制約がある土地に計画したり。
編集部
間口2間ですか? 2間ってことは畳の長辺寸法2枚分ですよね? そんなに細長くてちゃんとした家ってできるんですか?
稲 垣
逆に伺いますが「ちゃんとした家」って何ですか? 恐らくちゃんとした家のイメージって、広い敷地に贅沢な間取りのハウスメーカーのモデルハウスとかをイメージしてないですか? あるいは新興住宅地の正方形に近い土地に建つ正方形に近い家が編集さんの言われる「ちゃんとした家」なら、間口2間の建物はちゃんとしてないことになりますね。けれどどんな敷地でも「ちゃんとした」家はできます。ただ当然ですが、細長い間口2間の土地にモデルハウスのような家は物理的に建たないし、法律的制限を含めて、思い描いているすべての理想は叶えられないかもしれない。正方形に近い土地に比べたら色々制約はありますよ。僕はその制約を足かせだとは思わずに、その土地の個性だと思っています。ですので、その個性を生かしきれればどんな土地にでも「ちゃんとした家」建てられます。京都の町屋をご覧になったことありますか? 僕はまだ建築を学び始めの頃、京都の町屋に魅せられたことがあって何度か見に行きました。何て言うか、町屋には日本の心みたいなものを感じたことを覚えています。中庭で光と風を取り入れて、家の中全体に明と暗がちりばめられて、すごく凛とした空気を感じました。間口は狭いけれど決して外に対しても閉鎖的なわけじゃない。町屋は狭い間口の住宅の代表です。あれがちゃんとしてないんだったら他にちゃんとしてる建物なんかありえない。
編集部
そんなに怒らないでくださいよ……。僕がちゃんとしたって表現したのは、モデルハウス基準なのではなくて、生活に支障のない範囲の家って意味です。でも稲垣さんの機関銃のような話で納得しました。制約はその土地の個性……なんかかっこいい。今度どこかで使わせていただきます。
稲 垣
狭小地や変形地、あるいは最初に紹介した私どものお客様の敷地のような施工的制約を受ける土地に今現在お住まいされて居られる方々。その敷地をあきらめないでください。制約は個性。個性を生かせればその土地に合った住まいは必ず実現します。