崩壊の前日。〜新潟県中越沖地震〜

“耐震性はすべてに優先する”との信念を持つ稲垣さん。 7月16日に発生した新潟県中越沖地震についてお話を伺いました。
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稲 垣
再び大地震が足元を揺らすとは……。そしてまた、このタイトルでお話をするとは思いもしなかったです。7月16日、海の日。祝日でしたが私どもの会社は全員が出社していました。そして地震……。中越地震の時とは明らかに違うゆっくりと振幅の大きな長い揺れでしたね。まさか3年と空けずに再び大地震に見舞われるとは考えてもいませんでした。
編集部
私たちが生きている間はもう二度と大地震は来ないと高をくくっていましたので本当にびっくりしました。稲垣さんは地震の当日、柏崎に入ったそうですね。
稲 垣
当日の夜、やっとの思いで柏崎に入りました。長岡の街を空が白むまで駆けずり回っていた中越地震当日の夜を思い出しましたね。そして、1日空いた水曜日から応急危険度判定をボランティアで行いました。
編集部
赤とか黄色とかの紙を玄関先に貼って回る作業ですね。
稲 垣
あくまでも僕の感覚ですが、被災住宅を無作為に100軒抽出して比べることができたら、その平均的被害は中越地震の時の方が大きいような気がします。けれど、中越地震の時には見たことのなかった、想像を超える壊れ方をしたお宅が多かったのも事実。応急危険度判定の際、被災された方々と話すと、刈羽村のあたりは中越地震の際もかなりの被害を受けたお宅が多いと伺い、中には中越地震の時に地盤の液状化によって家が傾き全壊認定を受けてしまったけれど壊すには忍びなく、ご主人曰く「家1軒分」の金額をかけて地盤から基礎、家本体を直され、そして再びの大地震。わずか3年の間に2度の全壊。僕のボキャブラリーでは掛ける言葉もありませんでした。
編集部
私にとっては、建築の専門家として被災地に入り、人様の下支えができることをうらやましくも思いますし、頭も下がります。
稲 垣
被災地に入った何日目かの時、本当に今時の、コンビニの前にたむろしていそうなビジュアルの若者が男女問わず、被災した子どもたちとキャーキャー言いながら鬼ごっこして遊んでいました。話を聞いてみたら新潟市にある専門学校のサークル仲間で、何でもいいからお手伝いしたかったと言っていました。年齢が若いので子どもたちの面倒を頼まれたそうです。僕がもし建築を生業にしていなかったら、被災地に「何かお手伝いしたい」と入っていくことができただろうか……。たぶん気持ちはあっても行動には移せないと思った時、僕はその茶髪の今時の若者たちを尊敬しました。
編集部
手伝いたいけれど、行動に移せない……という話はよく聞きました。数キロ先の隣町が大変なことになっているのに、どこか人事のように思ってしまう自分がいるのだと。こういう時に素早く動けることは尊敬に値しますね。

耐震性はすべてに優先する。

稲 垣
実際に被災地を廻って感じたのですが、中越地震がそうだったように地震の通り道があるような気がしてなりませんでした。通り道というと言い過ぎかもしれませんが、被害の集中している場所は少なからず存在していましたね。柏崎市中心部に大きな被害が出たのは、最深で50Kmにおよぶお碗型の硬い岩盤のせいで、反射された地震波が軟弱地盤に集中する「なぎさ現象」と呼ばれる現象が市内中心部で起き、甚大な被害を集中させたと報道されました。基本的に柏崎市、刈羽村周辺は海が運んできた砂が堆積してできた土地です。やはり建物のみで地震に対抗するのは不可能。その建物が建つ地盤を強固なものにしなければ意味のないことになります。
編集部
今回の地震は、海底の断層が引き起こしたものだそうですね。
稲 垣
応急危険度判定の何日目かに西山町の海沿いに入りました。震源から近いため、被害も甚大なのだろうと想像して向かったのですが、何件も拝見した結果「まったくの無被害」のお宅が圧倒的に多かったです。もちろん被害を受けられた家もあるのですが、不謹慎な言い方を許していただければ、拍子抜けするほど目立った被害はありませんでした。その海岸線にお住まいのおばあちゃんに伺ったのですが、本震後、海はかなり引き、津波が来ると直感されたそうです。が、言葉をお借りすれば「新潟地震の時の海の引き方に比べればかわいいもの」だったそうです。そして、被害がない、あるいは被害が比較的軽いことを話すと海岸線にお住まいの方々は口をそろえて「この辺の海沿いは地盤が固い。それにオメさん方が想像できないくらいの風が吹くから風対策としてここらの家は頑丈だ」とおっしゃったのです。
編集部
地盤……ですか。
稲 垣
そう。長年お住まいになった感覚から口をついた言葉でしょうけれど、やはり地盤。この地は中越地震を経験しましたので、地震以後に建てられた家は地盤調査、そして必要があれば地盤改良工事は当然すべての建物に行われていると思います(と、信じたい)。が、未だに地盤調査もしないで基礎工事を始める乱暴な業者もいると聞きます。まずは地盤です。これから家造りをされる方は何を削ってでも地盤を強固にする工事は最優先で施工してください。
編集部
稲垣さんが繰り返し言っていたことですね。
稲 垣
中越地震での「痛み」が和らぎ、ともすれば薄れていたかもしれない「耐震性はすべてに優先する」という僕自身の信念。それを今一度思い出し、その上でデザインも、断熱性などの機能も、価格さえも等しく二番目に大切なこと。すべてはバランスなのだとより強く思っています。そして、中越地震直後と同じことを僕は訴えたい。中越地震の時よりもむしろその声を多く聞く、「瓦はもう駄目、使えない」という言葉―。あの時と同じように、それを建築のプロが真っ先に口に出すのだから笑止千万もいいところです。
編集部
立派な瓦屋根でも、微動だにしていない家はたくさんありましたからね。
稲 垣
確かに瓦は重い。けれど重い屋根を支える構造体があれば、中越地震でも中越沖地震でもまったくもって被害はないのです。瓦が悪者なんじゃない。どうか誤解しないでください。日本では中越地震のあの年を除き、年間1000〜1500回の有感地震があるといいます。ちなみに中越地震の余震とされているのは900回弱という驚くべき数字です。僕たち建築屋の責務ははっきりしています。「建物が原因で人の命や思い出は奪わせない」。これは恐らく、建築に携わる人間の総意です。
編集部
このコーナーの今回のタイトルは、3年前の中越地震後と同じく『崩壊の前日』でしたね。
稲 垣
そうです。これは僕が崇拝して止まないミュージシャン、角松敏生さんが阪神淡路大震災後に世に送り出した楽曲のタイトルです。3年前にも書きましたが、『崩壊の前日』は最後、こんな歌詞で終わっています。

今を生きて
今を見つめ
ほら ごらん 大好きな 街にひとつ 灯かりがともりだす

中越地震の被災地が立ち上がったように、この度の地震の被災地の方々も必ず立ち上がる。人間、自然には逆らえなくても地震になど負けない……そんなことを願って止みません。

被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。 一日も早い復興と皆様のご健康をお祈り申し上げます。