耐震偽装発覚と1級建築士試験

すっかり過去の事件と思われつつある「耐震偽装」の発覚。
その再発防止策は茶番なのか……!? 1級建築士の稲垣先生が熱く語ります。
イラスト
編集部
テーマは「耐震偽装」ですか。なんで今さら……って感じな話題ですけど?
稲 垣
そうでしょ。僕もそう思ったんですが、この耐震偽装事件を誤解していられる方が非常に多い。それとちょうど一年前から話題になったこの耐震偽装問題ですが、これは比較的規模の大きいマンションやらホテルだから大きな話題になりましたが、住宅レベルだったら果たしてこれほど大問題として扱われたか甚だ疑問です。
編集部
おっしゃる通りだと思います。
稲 垣
数カ月前、関東の某ビッグビルダーが自ら分譲した木造住宅のお話ですが、必要な壁量が不足する住宅があり、その住宅については緊急に無償補強を行ったという事実をご存知の方が果たしてどれくらいいらっしゃるでしょうか?
編集部
初めて聞きました。そのビルダーは自らの過ちを公にして、誠実に補強、補修を完了したと考えていいのですね?
稲 垣
はい。それで良いと思います。しかもそのビルダーは、自社設計の物件では壁量不足は発見されず、すべて外注設計だった物件においてのみ耐震性が不足したということを聞いていますので、いわゆる「耐震偽装」の住宅版だったのではないでしょうか。
ただ、その設計者は姉歯元建築士のような悪意はなかったようですが。
編集部
今回のテーマは「耐震偽装発覚と1級建築士試験」ということですが、ご説明ください。
稲 垣
まず、イーホームズや日本ERIの「指定確認検査機関」って何なのか……ということからお話しましょう。
編集部
当時は、よく聞いた名前ですね。
稲 垣
わかりやすく“住宅”を例に話を進めますが、住宅を建てる場合、「確認申請」という手続きが必要です。“確認”申請……あまり聞きなれない言葉ですよね。
申請というと、行政からお墨付きをもらうためのものと考えられがちですが、建築行為に必要な申請は“許可”ではなく、あくまでも“確認”です。
要は申請した建物が、建築関連の法律に違反してない旨を「確認」してもらうためのものなのです。
この「確認」作業を従来は行政(長岡市であれば長岡市役所の担当部署)がやっていたのですが、民間にやれることは民間で……という行政改革の名の下に、国が指定した確認検査機関でもできるようになったのです。
編集部
それがイーホームズや日本ERIなんですね。
稲 垣
そうです。ここで重要なのは、確認検査機関として“国が認めた”民間団体だということ。民間団体であれば伊達や酔狂で運営しているはずはなく、当然のことながら営利を追求しなくては成立しません。
編集部
日本中の普通の会社組織となんら変わらないということですね。
稲 垣
もうひとつ重要なのは、関連法規に違反していないことが“確認”されるだけで、当然といえば当然ですが、図面通り施工されているかとか、使い勝手がどうとかいうのは何の担保もないわけですね。
だから「お隣が建ったら我が家が暗い」とか「お隣が施工不良でこちらに傾いてきた」と市役所の担当部署に文句言っても、行政にはその「お隣」が違反建築でない限り何の権限もありませんし、民事不介入の原則の下、何もしません。いえ、どんなに気の毒に思っても何もできないのです。
編集部
耐震偽装事件はどうやら一人の元1級建築士の単独犯で終わろうとしていますね。
稲 垣
その悪意に満ちた偽装を見抜けなかった確認検査機関に、まったく責任がないとはさすがに思いません。偽装されたマンションであると認識した後も、マンション販売を続けた販売業者に罪がないとも思いません。
けれど僕が傍観者としてこの耐震偽装事件を見たときに一番納得できないのは、「国が認めた」確認検査機関には多大なるおとがめはあっても、同じように偽装を見逃した行政機関にはなんのおとがめもないこと。
編集部
考えてみればそうです。
稲 垣
そして、実はここから先が僕的には非常に重要ですが、たった一人の悪意の建築士のことで、国が右往左往しすぎですよね。
僕は耐震偽装の根源はモラルと、ほんの一部分の制度の問題だと思っています。関係のないところから耐震偽装の再発防止をしようとしている。茶番です。
一般の方はほとんどご存知ないし関係ない話なのですが、本年、平成18年度の1級建築士1次学科試験の合格率は10%です。
昨年が25%。合格者半減です。合格率激減と耐震偽装が無関係だとは到底思えません。
編集部
稲垣さんは建築の資格学校で、1級建築士を目指す方を指導されている立場だと聞きましたが、その立場からのご発言ということですか?
稲 垣
そう捉えていただいて構いません。
昨年までは長岡の某資格学校で若い方と一緒に勉強してきました。けれど生徒さんに対するスタンスの違いから、今年は新潟にある学校に移りました。けれど生徒さんに違いはなく、1級建築士になろうと真面目に、真摯に勉強される方々ばかりです。
今年の学科試験は過去に類を見ない難易度の試験でした。
4科目25点満点。計100点満点の学科試験。トータル67点、各科目13点が足切りです。
編集部
思ったより低い合格ラインですね。
稲 垣
僕もそう思います。せめて70点くらいにしてもらわないと、資格試験としての威厳が保てない。けれど67点というラインも国が決めたこと。決めたら動かさなければいいのに、毎年のようにその合格ラインは上下します。
ちなみに今年の高難易度の試験では合計62点、1科目を除いて足切り12点まで下げられました。その足切りが下がらなかった科目こそ「構造」です。
建築は構造のみで成り立っているのではありません。
法規や施工や計画の分野も押しなべて知識が求められるはずなのに、「耐震偽装」の発覚後最初の試験だから超難しくして、難しくしすぎて合格者は3〜4%位まで減りそうになって、あわてて足切りラインを下げた。
でも「構造」だけは「耐震偽装」の一件があるから下げられない。
そしてこうなってしまいました……ってところでしょう。そして先月行われた2次の製図試験。耐震偽装後なので、誰もが予想したとおり課題は「集合住宅」、いわゆるマンションですね。運も実力のうち。確かにそうかもしれません。
けれど、その人間が1級建築士として相応しいかどうかは、他の誰より教えている僕らが一番わかります。結果は年末にしかわかりませんが、僕は真に実力のある人間、本当に知識のある人間を愚弄した課題だと思っています。
もっと辛らつな言い方をすれば、本来合格してはいけない実力の人間が、多数合格してしまう試験だったと思います。
編集部
稲垣さん、ちょっと顔が怖くなっていますよ。機関銃のような発言に口をはさめませんでしたが、資格試験を厳しくしても何の解決にもならないとお考えですか?
稲 垣
当然です。実際にその方向に法律改正をする動きもあるようですが、資格取得後、ある程度の実習期間を経た後に有資格者と名乗れる制度……そして、過失に対しては重大なペナルティを付加した制度に変わるべきだと思います。
入り口の門は広く、けれど実際にそのエキスパートとなりうる人間は、その門から先が本当の勝負だということで構わないのではないでしょうか?
編集部
医者も弁護士も「資格取得=即社会で通用」ではないですよね。
稲 垣
建築士も同じです。資格取得=即社会で通用……って学校の先生くらいじゃないですか?
編集部
その先生にしたって一部の不届者のおかげで、大多数の先生は迷惑千万だと思います。
稲 垣
僕ら1級建築士だって、悪意の建築士一人のおかげでずいぶんイメージ悪くなったのと同じですよ。
何か今回は愚痴っぽくなってしまいましたけど。無理矢理まとめさせていただければ、建築業界まだまだ捨てたもんじゃないし、モラルの名の下に、真面目に、本当に建築が好きな人間は山のようにいます。
皆さんが家づくりを考えられたとき、そんな人間と出会えることを摂に願います。