木の底力2

今、世間を騒がしている「構造計算書偽造事件」。
建物は安全であることが大前提にもかかわらず、とんでもない想定外のことが起きてしまいました。
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先回ご案内しましたが、読者の方々からいただいた質問にお答えする前に、つい先日明るみになった「構造計算書偽造事件」について私個人の考えをお話させてください。
この事件、構造計算を担当した一級建築士が、実際には震度5強で倒壊してもおかしくないような建築物を虚偽の計算書にて確認申請を通していた事件です。
読者の皆さんもほとんどがご存知ですね?  
本題に入る前に再度ご説明いたします。「確認申請」を許可申請と間違われる方がいらっしゃいますが、確認と許可は違います。
建築基準法を始めとした諸法令にその計画建物が抵触していないか、つまり法規違反はないか「確認」してもらう申請業務です。
行政や民間審査機関に出される書類や図面は法律から逸脱していないかを「確認」してもらう作業をいうのです。
ですから、提出先が行政だろうが民間検査機関だろうが確認申請を提出する立場の人間が故意に、しかも構造的な虚偽申請をしたというのはまったくの想定外だったと思います。
私たち同業者の中でも想定外の出来事ですから。
 確認申請の一番大元になる法律が「建築基準法」。
この第一条にこの法律の目的として「最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。」とはっきり書いてあります。
ここで注目すべきは、この法律は「最低の基準」なんだということです。
この法律を守ることが最低な基準であり、それですべてが満足、充足するものではない。
たとえば、耐震性についてこの法律を守ることが最高の水準なのではなく、最低限やらなければならない理(ことわり)なのだということ。私はそう捉えてきました。
 実はこの事件について私たちの業界では構造計算を担当した建築士だけが悪いわけではないという方も多くいます。
報道等でも真相はいまだに不明のようですが、仮に、構造計算をした建築士の独断での偽造だとしても、確認申請の審査業務を担当した民間機関、元請と言われる設計事務所、ゼネコン、マンションの販売元。それぞれにまったく責任がないとは私も思いません。
検査機関がこの不正構造計算書を見抜ければ今回の事件はなかったでしょう。
 ただ、私は渦中の建築士の「コストダウンのプレッシャーがあった」という言葉に物凄く違和感をおぼえるんです。
いったい誰から、何からのプレッシャーなのか? そして、エンドユーザー(今回で言えばマンションを買った方)の顔は構造設計されている方から見えないのでしょうか? 私は違うと思います。見えていたはず。けれどその手前にいる方のプレッシャーに負けただけ。

手抜きとコストダウンは違う!

もう一つ、先回申し上げてきたことの繰り返しになるかもしれませんが、辛抱して聞いてください。まず偽造構造計算書によっての「コストダウン」という発言自体おかしなことです。先回も申し上げましたがコスト=生産原価です。
たしかに鉄筋を少なくすればコストは下がるかもしれません。
けれどコストダウンという言葉の中の「コスト」とは「きちんとした」建物を造った上でのコストであるという事が大前提です。
必要なものを必要なだけ入れなかったらこれはコストダウンとは呼べません。
手抜きですから。安くて当たり前です。
 今回の事件が確認申請という制度が施行されて以来の大問題であることは間違いありません。
建築業界全体に疑心暗鬼になっていただきたくないので申し上げますが、テレビの報道の仕方も大げさな部分があります。
初期の報道でベランダの床のモルタルにクラック(ヒビ)が入っていて大騒ぎしている映像がありましたが、あれをご覧になって「我が家もそうだ!」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか? 
私もテレビの映像しか見ていませんが、あれは構造的なクラックではありません。
ベランダの床仕上げのモルタルが乾燥収縮で亀裂しただけのこと。
「しただけのこと」などと書くと軽んじて語っているようですが、決してそうではなく、あのベランダの床のクラックがあったからといって「それ見たことか」という論拠にはならないということです。あの床モルタルを塗った左官屋さんだって、構造計算に嘘があるなどとはゆめゆめ思わず、なるべく水はけの良い、なるべくクラックの入らないそんなモルタル床を仕上げたいと仕事されたはず(そう思いたいです)。
 ワイドショーで「もはや建築業界に職人気質(かたぎ)を期待しても無駄なんでしょうか?」という発言がありました。
そんなことはありません。
私はこの業界の人間は少なからず職人気質でなければやっていけないという持論があります。確かに建築的知識、技能には個人差があります。
私などと比較しては失礼と思うくらい建築の細部のすべてにわたって博識の方もいらっしゃいますし、私レベルの人間もいます。
けれど知識や技能レベルの問題ではないように思います。
「誰のための仕事なのか」報酬は大切なことです。誰もがボランティアをしているわけではありませんから。
けれどこの業界の多くの人間はお金だけでは動きません。
私たちはできあがった「物」をお売りするのではありません。少なくとも私どもを含め、私の存じ上げる建築業者はお施主様の想いをお預かりしている。
そこに後ろ指を指されるようなことは断じてありません。
 今回は、あれだけの規模のマンションの構造計算書偽造だから問題が明るみに出ました。
本日(11月29日)、渦中の建築士の計算による2軒の一戸建て住宅でも虚偽計算が明るみに出ました。いずれも3階建て住宅です。
これはたまたま3階建てだから虚偽計算が明るみに出たのです。
3階建て住宅は確認申請時に構造計算の添付義務がありますから。
 では2階建てならどうなのでしょうか? 虚偽計算は見つかりません。
なぜなら確認申請に添付する義務がないからです。2階建て住宅では、虚偽構造計算も何も初めから構造計算されていない可能性だってあるのです。
 中越地震で被災され、やむなく新築、建て替えをされた方も多いと思います。皆さんのご自宅の構造計算書はいただきましたか? 2階建てだから、木造だから、パネル工法だから……計算は不要。そう思いますか?
 建築基準法は「最低の基準」です。オーバースペック(過剰装備・過剰構造)にする必要はまったくないと思いますが、最低限しなければならないことを当たり前のようにすることこそ『建築士という名のモラル』そのものだと思います。
 この事件がどういう結末を迎えるのか私などでは想像もつきません。この事件の余波は恐らく、確認申請、建築士制度、建築士の国家試験のあり方にまで及ぶと思います。
今回の事件を一番ショッキングに、また、怒っているのは知識や経験や地位などまったく関係なく「モラル」を持ち合わせている行政関係者であったり、有資格者であったり、の業界人ではないでしょうか? 私は一級建築士を目指す若い方々を多く存じています。
彼らも同じく今回の事件のことを、怒りを通り越して半ば呆れて事の推移を見ています。
彼らに、そして自分自身に言い聞かせたいと思います。自分の中にある『建築士という名のモラル』に恥ずべきことは絶対にしない。

さて、紙面の関係でまたしても読者の皆様からのご質問にお答えできませんでした。
来月こそはお答えさせていただきますのでお便りをくださった方は今しばらくお待ちください。
中越大震災から二度目の冬が本番を迎えます。
地震以前の生活に戻れない方々がまだ多くいらっしゃると聞きます。
2006年、皆様の生活が普通に送れるようお祈りし、2005年の「稲垣の住まい講座」を締めさせていただきます。
来年もよろしくお願いいたします。良いお年をお迎えください。