崩壊の前日〜中越地震のその後

あの中越大震災からまもなく1年…。
”耐震性はすべてに優先する”と考える稲垣社長にお話をうかがいました。
イラスト
編集部
このタイトルで話を始めるということは、また中越地震の話ですね?
 もう地震の話はしたくないとおっしゃっていたじゃないですか。
稲 垣
2004年10月23日土曜日午後5時56分、新潟県中越地震。私自身、今になってよく地震の夢を見るようになりました。
それは立派なPTSDだと言われます。意識していない様でも震災の呪縛に縛られている自分自身に気づいてしまいました。見なくても済んだものを、自ら望んで見てしまいましたから。
編集部
あの日からもう一年が経つんですね。
稲 垣
秋の高い空を見ると、震災後に長岡市や小千谷市を飛び回っていた去年を思い出します。
つい先日の気もいたしますし、何年も前の出来事の様な気もいたします。
それどころか、地震そのものが夢の中の出来事のような気もいたします。
こういった話題になると『住まい講座』とは離れてしまい、コラムの様になってしまうかもしれませんがご容赦願いたいと思います。
編集部
被災住宅の建替えや修理などは少しずつ着実に復興していると実感しますが、道路を直しても直してもすぐに元通り陥没してしまうところがあります。
特にクルマの通りの多い道沿いにお住まいの方は、大型車が通るたびに家が揺れるなんてこともあるようです。実は我が家がそうですが……。
稲 垣
私は地震の専門家でも、地盤の専門家でもありませんので断定的な事は申し上げられないのでが、震災後、東京で出席したある会合で地盤の専門家からおもしろい実験を見せていただきました。
地盤の液状化のミニマムモデルの実験なのですが、まず普通のペットボトルに昔ながらの鉄製の画鋲や小さめの釘を数個入れ、その上から乾燥した砂を入れます。
砂が浸るくらいの水をゆっくりと注ぎ、ボトルを左右に(水平に)激しく揺らします。どうなると思われますか?
編集部
液状化の実験ということは、砂が液体のように波打つとか……?
稲 垣
それはもちろんその通りなのですが、砂が液体状になった後、一番下にあったはずの釘や画鋲は砂の表面(上の方へ)浮いてきます。これが液状化現象の本当の怖さですと教わりました。
編集部
それは具体的にどういったことなんですか?
稲 垣
ペットボトルの中で起こった現象が、実際の地盤でも起こっているとしたらどうですか? 比較的地表面に近く軽い砂質地盤が液状化して、その下の層……例えば砂利層だとか、礫(レキ)層といわれる重い層が地表面近くに上がってきます。
地盤全体の質量は変わらないわけですから重いものが上がった分、軽いものが下方へ移動します。
それは何百年、何十年と言う単位で固められ、安定してきた地盤があの地震により不安定な地盤になったと言い換えできますよね。
まあ、教えていただいた話の受け売りですけど、それがゆえに道路を何回修復しても陥没してしまう箇所があるということを説明できます。
編集部
なるほど。ということは、地盤が再び安定するまで我が家の前の道の凸凹は完全には直らないということですね?
稲 垣
……恐らく。ただ、私は専門ではありませんのでどのくらいの期間、その状態が続くのかは見当もつきませんし、土木技術で改善できるのかもしれません。
編集部
関連した話なのかもしれませんが、私のご近所でも被災判定が「一部損壊」で、見た目にもほとんど損傷がなかった家が、今になって家の傾きを感じ始めているということがありますが、それも関連するのでしょうか?
稲 垣
それと地盤の液状化が関連しているのかどうかは紙面上、あるいは見てもいないのに断定的なことは申し上げられません。
ただ、お住まいになられていらっしゃる方の感覚として、地震直後より傾いてきている気がするとのお話はよく耳にします。
人間の感覚というものはたいしたもので、“本来水平であるはずのもの、垂直であるはずのものとして物を見たとき、「○○のはず」の物がどうも違って見える”――これは恐らく傾いていると推測しても構わないのではないでしょうか。
地震直後に避難所の住宅相談窓口でお手伝いしていた時、ボランティアのお医者様から聞きましたが、人間の平衡感覚というのは耳の奥の三半規管という部分で感じているのだそうです。
それが感覚として「○○のはず」の物が違って見えてしまうと、頭痛や吐き気などを伴う症状に現れるそうです。
編集部
乗り物酔いと同じような症状ですね。
稲 垣
三半規管の未発達な3歳以下のお子さんは乗り物酔いをする可能性は少ないですが、それ以上になると突然乗り物酔いを始めるお子さんがいらっしゃいます。
私にその話を教えていただいたお医者様は、「だからこそ小さいお子さんがいるお宅は傾いてちゃいけない」とおっしゃってました。
子供は感覚を麻痺させたまま大きくなってしまうからだそうです。話をうかがいながら背筋が寒くなったのを覚えています。
編集部
地震も怖いですがその話も怖いですね。
地震直後の報道からの引用ですが、「未知の断層」によって起こった中越地震……ということは、知られている断層は動かずにそのままだと知りました。
地震直前に『かたちあるもの と かわらないもの』と題して本紙面上で地震と耐震性について書いていただきました。長岡市は地震の巣の上にあると。
中越地震の終息宣言ってされましたっけ?
稲 垣
そう言えばどうでしたっけ? 終息宣言されましたか? 
まあ、ここに住まう私たちは、勝手に収束したと考えてますが。
地震の巣というと変に恐怖心をあおるだけですのでやめましょう。日本のどこに行っても地震のない土地などないのです。長岡には「今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属する」断層帯が存在します。
しかし「やや高い」と言っても30年の間で2%、100年間でも9%の発生確率です。
編集部
これを高いと見るのか低いと見るのかは個人の見解ですね。
稲 垣
私自身は一生に一回の経験だったと思っていますので、私の生きている間には二度と大きな地震はないと信じたいです。
建築という仕事をするに当たって、耐震性は切っても切り離せない最大懸案です。
先ごろ起きたパキスタンの大地震で、もろくも崩れ去った建物の映像を見るに当たり、大きなことはできませんが、せめて私に課せられた役割はまっとうしたいと考えています。
“耐震性はすべてに優先する”――その上でデザインも、断熱性などの機能も、価格さえも等しく二番目に大切な事。
それが私に課せられた基本的スタンスのような気がしてなりません。
編集部
今回の悲惨な震災の中にあって、救われる思いをされたとか?
稲 垣
多くの方々から励まされました。それは皆さんも同じでしょう。
アメリカのハリケーン「カトリーナ」の惨状や、パキスタンでの大地震の惨状をテレビで拝見して、「人ごとでない痛み」を感じるのはあの震災を経験したからに他なりません。周りの方から、見知らぬ方々から励まされた財産だと思います。
編集部
おっしゃる通りですね。
稲 垣
「崩壊の前日」と言うタイトルは私の好きなアーティストが作った曲のタイトルなのですが、実はその方からメールで励ましもいただきました。
何もできなくても、まず痛みを知ること。それこそが大切なんだと教わりました。
編集部
今日はそれをわざわざお持ちいただいたのですね。
稲 垣
いえ、肌身離さずお守りとして持ち歩いています……ミーハーでスミマセン(笑)。
編集部
相変わらずロマンチストですね……顔に似合わず(笑)。