なぜ山は荒れていくのか?  そして次々と私たちの周りから姿を消していく植林地。 「大根より安い」といわれる国産材に隠された謎に迫ります。

今回の紙面は初めて私的に使わせていただきます。
あまり『住まい講座』としての面白さはないかもしれませんし、ご興味がある方も少ないかもしれません。
けれどこれから書く内容は広い視野で考えると、今後の木造住宅業界でもっとも重要な問題に成り得る事柄の一つだと考えています。

私を知る人は、これを聞くとアゴが外れんばかりに驚かれるのですが、春は山菜、秋はキノコ採りが私の趣味なのです。
私は幼い頃、母方の祖父からその楽しさを教えてもらいました。
数年前、物心がついて十数年ぶりに祖父に連れて行ってもらった山へ分け入り、その様子のあまりの違いに驚きました。以前の山は枝下ろしがされ、下草が刈られ、間伐も行き届いたきれいな林でした。
日の光が差し込み、それは気持ちのいい林だったのです。
間伐とは、木が混み合った日照不足の林で根も枝も幹もすべてが脆弱(ぜいじゃく)な木が育つのを防ぐために木を間引く作業をいいます。
何より健全な樹木を育て、優良な材木を生産するために行われるのです。
ただ昔の間伐材はそのまま捨てられるか、足場用の丸太にしか転用されない運命だったのですが、最近は間伐材利用の建材や家具も増えてきました。
その意味では、間伐される木にも命が与えられていると言えますが、少なくとも幼い私の記憶の中にある山と、現在の山とでは明らかに違いが見られるのです。
下草は伸び放題、間伐も枝下ろしもされていないため、林の中は薄暗い。

 なぜ山は変わったのでしょう?戦後に植林された杉や桧の多くは、半世紀以上を経過して伐採適齢期を迎えようとしています。
それでもなお、山は荒れていくのです。
 その原因の多くは国産材全般の価格。よく「杉は大根より安い」と揶揄されますが、これは生産者からの卸し価格が、その体積と売れるまでの生育期間に掛かる手間を計算すると、杉は大根より安いためだそうです。
材木の価格は「1本いくら」という価格付けではなく、「1当たりいくら」というように表します。
例えば、「18万円の長さ3m、12cm角の柱」は「1本で3456円」ということになります。
ちなみに太さ10cm、長さ30cmで200円の大根は、1当たり約6万円、一個10円の卵は1当たり約16万円になります。卵を体積で考える人も居ないと思いますがちょっと驚きますよね。
 林業は重労働です。間伐も、下草狩りも、枝下ろしも全て人力でしか出来ない作業です。
そこまで手間とお金をつぎ込んでもいざ売るときは「大根より安い」のですから林業が産業として活性化するわけがありません。安くてもいいと木を伐って、裸になった山に植林をしない。
なぜなら木を売っても植林する苗の代金にさえならないからです。
山と木を大きく見れば地球温暖化を抑制し、天然のダムとしての働きをし、土砂災害防止にも役立っているのです。国も水源確保や治山治水などの公益機能を山が保持していると知っているので、健全な森林を整備するための補助金を出しています。
それでもなお、国産木材の需要は頭打ちです。

それはなぜなのでしょう?

①国産材は輸入材木に比べてコスト高。「大根より安い」と言っておきながら、高いと言うのもおかしな話のようですが、特に構造材は輸入材に比べてコスト高です。
それは山の立ち木レベルの話ではなくて、製材、輸送、流通の商取引の過程のロットが輸入材に比べて小さく、大げさに言えば細かい取引が数重ねられる結果 としてコストアップになって行きます。

②輸入材の乾燥水準に比べ、国産材木はその品質に疑問が残ります。
木は狂うもの。乾燥が十分でも多少の狂いが生じます。
それは製材された後でも木が生きている証拠です。では乾燥が不十分であれば?
結果は火を見るよりも明らかです。
未乾燥の材料で家を建てたら致命傷になりかねない不具合が出ます。
以前は赤松や黒松、唐松の梁が使用されていたのですが、松系の木は全国的に減り、その代替品が輸入材木、特に米松が梁材として使われはじめています(ちなみに米松は、学名ダグラスファーといいますが、その語源はダグラスさんの見つけたモミの木、と言う意味なんだそうです。
学術的には米松は松ではなくモミの木なんですね)。
 最初に言っておくべきだったかも知れませんが、柱材のみについていえば主流は現況でも国産材です。梁材は輸入材木が主流なのに、柱材は国産が主流なのはなぜか?
杉や桧の柱はせいぜい4寸角(12×12cm)と言う比較的小さな断面 ですので乾燥も難しくありませんが、梁材などの大きな断面積の材になると乾燥しにくくなるためです。
ついでに申し上げますと、わが国の植林面積の大部分を占める杉と桧は、鉛直方向には強いのですが横方向、つまり梁として使うには曲げ強度に少し心許ない数字が現れます。
杉を梁に使用しようと構造計算をしますと実際には流通していないくらい大きな材木が必要になることがあります。
 先日、物は試しに米松で構造計算した家の梁を杉に変えた場合にどのくらいの材料が必要になるか試算してみました。その家で一番太い材料が必要な梁。
米松では高さが360mmでしたが、杉では450mmでした。
材寸450mmもある杉の梁なんて、一般に流通しているものではありません。
断面積が大きくなれば体積も増える。
体積が増えれば乾燥も難しい。体積が大きいことは価格高に直結します。
結局、堂々巡りなんです。

③国産材は安定的に供給されない。
これを書くと行政に喧嘩を売ってしまう形になりますので詳しくは書けませんが、現在、県産材を「どさくさにまぎれて売ってしまえ」的発想の制度があるような気がしてなりません。
実際のところ、県産材の生産は追い付いていないのですから。
そもそも新潟県の森林資源は全都道府県の中で第4位です。
そんな森林を抱えたこの地域でも今までなんの対策もしていなかったのですから、山が荒れ、豊富にあるはずの森林資源の製材が追い付かないのはある意味当然です。     

  と、ここまで書きますと国産材を悪者みたいに解釈されてしまう方もいるかもしれません。
けれど私が申し上げたいのはまったく逆の事です。
輸入などに頼らずとも、日本には建築資材になりうる十分かつ優良な森林資源がたくさんあります。
私は現在の荒れた山を見て、林業家のせいにも、ましてや国のせいにもするつもりなんて毛頭ございません。しかし、これだけの森林資源を持ちながら材木を大量輸入し続ける国、日本。
必ず、その部分でもジャパンバッシングは始まります。
南の貧しい国の山を裸にしていく飽食の国として。
 以前も何度か同じ事を書きましたが「地産池消」、その地域で産み、その地域で消費する。
その考え方自体には大賛成です。
なにも県産材木にこだわる必要も無く「地産池消」を大きな目で見て国産材で家を造りたい。
これは私だけでなく、ほとんどの木造住宅業界従事者の想いだと思います。
けれど上に書きました供給の問題、品質の問題、価格の問題等々で、使いたいけど使えないというスパイラルに陥って堂々巡りの繰り返しなのです。
 私たち日本人は、本当は足元にあるはずの地元の良材をただ見過ごしているだけのような気がしてなりません。
私は現在、仕事としてではなく、あくまでも私個人として他県の林業家、製材業者の方々と少しずつコンタクトを取り、いずれ、国産材の流通 ネットワークができないものかと話をしています。
そこにはめまいがするほどの問題が山積されているのですが、少しずつでも歩を進めてまいりたいと思っています。