崩壊の前日。〜新潟県中越地震〜

夏は蒸し暑く、冬は厳しい寒さの長岡市。 本格的な冬を迎えるにあたって、住まいに必要な断熱性とは? 一級建築士の稲垣隆がお答えします。
倒壊家屋

どこか遠くの街で 泣いている 愛しい人よ いつでも逢える 思い込んでた ちっぽけな世界も たったひとつの 出来事だけで 失うほど儚い

私が崇拝する「角松敏生」というミュージシャンが阪神大震災の被災者のために送った『崩壊の前日』という曲の歌詞の一部です。 「たったひとつの出来事」……新潟県中越地震です。  2004年10月23日・土曜日、午後5時56分。その時、私は喜多町のバイパスを古正寺方面 に向かっていました。 急に、ものすごい力でハンドルを取られ、全輪が一斉にパンクしたのではないか? 最初はそう思いました。しかしバタバタと消えてゆく信号や街の明かりを見た時に、それが私の経験する初めての大地震だと確信するのに時間は掛かりませんでした。 路肩に車を止め、外に出たときに東山の方から聞こえていた不気味な地鳴りの音は今も、きっとこれからも私の耳から離れることはないでしょう。一週間の仕事が終わり、また明日も何事もない朝が来ると信じていました。  つい数分前までは。  

耐震性はすべてに優先する

私はこの紙面上でも地震、あるいは地震と建築物との関連をテーマに数回書かせていただきました。
ここ長岡を中心とした中越地方は決して地震のないところではなく、むしろ活断層の真上に位 置しているのだとも書かせていただきました。
阪神大震災直後も実際に神戸に出向き、その惨状をこの目で見て地震の恐ろしさを焼き付けたつもりでした。
 では、私が大地震を目の前のことと認識して原稿を書いていたかというと、自分でも解かりません。
ただ単に、目に見えない最大の敵という認識から耐震性を訴えていたのかもしれません。
けれど、それは決して間違いではなかったと確信しています。やはり耐震性はすべてに優先する。その上でデザインも、断熱性などの機能も、価格さえも等しく二番目に大切なことなのだとお話させていただいていたことは絶対に間違いではないと思っています。

 阪神大震災も今回の新潟県中越地震も直下型の大地震です。
唯一違うのは、余震の多さと規模。阪神大震災の余震は震度5が1回、震度4が4〜5回だったように記憶しています。
そして直下型に共通する「被害の差」。
今回の地震でも、同じ長岡市内でありながらその被害規模には大きな差があります。
地震直後から私どものお客様のお宅を伺いつつ、周りの状況を拝見しますと、被害の甚大な地域は東バイパスよりも東側と、小千谷市寄りに集中しています(被害の少ない地域の方はあまり実感として持っておられないかもしれませんが、被害の甚大な地域は長岡市内でもあるのです。 目を覆いたくなるほどの惨状でした)。
 テレビでも各方面の先生方がおっしゃっていますが、今回の震源は「新発田〜小出構造線」と呼ばれる活断層帯の一部が動いたのだろうと推測されます。
構造線と呼ばれるからには、線の様に連なった活断層のごく一部が今回の地震の震源です。
だから、なおさら未だに余震は続くし、震度6強の余震の心配さえあるのです(余談ですが、甚大な被害の山古志村の知り合いに聞いた話です。彼の家はおろか周りの道路もすべてなくなってしまったということの他に、山古志村役場に設置してあった震度計は震度8を振り切って壊れていたらしいです)。

構法ではなく、地盤や間取りがポイント

私自身、お付き合いのある業者さんや友人から依頼され、応急危険度判定で市内を回らせていただき、多くの被災建物を拝見しました。
そこで再認識したのが、住宅の被害に差を生み出した原因は構法ではなく、実は地盤や間取りだということです。道路が隆起・陥没している地域で、建築年度がそうは違わないと推測できる建物を比較してみると、地盤改良しているかどうかで被害に大きな差が出ています。
それから間取り。
無理な間取りや複雑な間取りのお宅は、必ずどこかに皺寄せがきています。
 先回のテーマ『住まいは夏を旨とすべし〜断熱編』の時に、次回は『住まいは夏を旨とすべし〜間取り編』を書くと予告しておりました。
実はその中で書こうと決めていた間取りの話も、『家の風通し』『耐震性』、そしてコミュニケーションという名の『家族の中の風通 し』を柱に構成する予定でした。
そして突き詰めていくと、間取りは実にシンプルに単純化されていくとお話するつもりでした。
 単純でシンプルな間取りは、シンプルな力の流れを生み出します。地震という外力を受けた時、いかに力を逃がすか、いかに力の流れを単純にするか、それで耐震性は大きく違います。
被災された方々で、これから家の建て替えや改装・修繕を計画されている方に私なりのアドバイスです。
1. 地盤調査により地盤改良の必要が生じた時は、他を削ってでも施工してください。
ただし、地質によっては地盤改良に使用するセメントと化学反応を起こし「六価クロム」という皮膚炎や肺がんを誘発する猛毒素が発生しますので、その辺も必ず調べてもらってください。
2.「ちゃんとした」専門家の言うことは聞き入れてください。
例えば、間取りの検討でこの壁が邪魔だからなくしたいと相談して、間髪入れずに「はいそうしましょう」と言うような専門家は専門家ではありません。必要な壁は絶対に必要です。それが新しい住まいの命取りになりかねません。
3.「きちんとした」構造計算をお願いしてください。
この紙面で何度も申し上げていますが、構造計算の結果はしっかり現れます。今回の地震で実証されました。

 この原稿を書いているは11月5日。昨日も震度5強の余震がありましたし、まだ余震は続いています。「もう勘弁してくれ!」と言うのが本音です。きっと皆さんも同じはず。
台風なら備えもできます。通過してしまえば終わりですが、これほど大規模な余震の続く地震は人類が未だに経験したことがないと言っても過言ではありません。
それほどの地震だったのです(「だった」と過去形にしても良いのかさえわかりませんが)。
 ご存知の通り、私は建築を生業としています。これはそんな私の立場から、というよりも、きっと長岡市及び中越地方の良識ある業界の人間すべての声だとお受け取りいただいて構いませんが、すでに悪徳業者が入ってきている模様です。
いわば『直し逃げ』というやつですね。瓦を直す、外壁を直す、耐震補強をする……と言っては、見た目だけを繕って何の意味もない工事を法外な値段で施工し、終わると連絡不能となるのです。
ブルーシートを屋根に掛けて5万円。住まいの補修について話を聞き、相談料として10万円。
こんな被害が実際にあったのです。気を付けてください。何でもかんでも疑ってかかりたくはないのですが、頼んでもいないのに先方からやって来た場合は、よく見定めてください。  

お母さん、私はあなたのような家を造りたい

報道新聞でもないこの媒体で、ましてや私の立場でこのようなことを書いても良いのか わかりませんが、妙見の土砂崩れ現場での救出劇に息を呑んで見入り、お母さんの声を確認、そしてお三方の心音を確認……という誤報道に拍手し、誠に残念ながらお母さんと娘さんはお亡くなりになられていたとのこと。
けれど、私は信じます。レスキュー隊の聞いたお母さんの声は間違いなくお母さんの声だったと。
息子さんを助けるための魂の声だと信じます。

お母さん、私はあなたのような家を造りたい。

今回の地震がもうすぐ終わりを迎えるのか、現在の段階ではわかりません。
住宅の耐震性の重要さの再確認と、もうひとつ、私は忘れかけていたものを教えていただきました。

2歳の男の子が実に92時間ぶりに救出された映像を見て涙を流して喜べる見知らぬ 人たち。仕事とはいえ、夜通し捜索活動を続けるレスキュー隊。徳島から丸2日間かけてやってこられたという移動式の散髪屋さん。被災者でありながら明るく笑いながらボランティア活動を続ける小学生の姿。仕事をリタイアされて丸1週間ボランティアされていると言われた静岡のご夫婦。
私はこのご夫婦の「次はきっと静岡だからその時はよろしくお願いします」と言って、大きな声で笑われた顔を忘れません。

訳も分からず、ただすべての人に「ありがとう」と伝えたい。

前述の『崩壊の前日』、 最後はこんな歌詞で終わっています。

今を生きて
今を見つめ
ほらごらん
大好きな 街にひとつ 灯かりがともりだす

私も、そしてもちろん皆さんも、地震になど負けない。
ひとつずつ灯かりをともして、必ずやこの街を元の姿に復活させましょう。
がんばろう中越。がんばろう長岡。

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